「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」は災害救助法の適用を受けた自然災害によって住宅ローンや住宅のリフォームローンを借りている個人や事業性ローンを借りている個人事業主を救済するものです。
※東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関HPに詳しく紹介されています。
一般的に、法的手続きによる債務整理の方法としては「破産手続」「再生手続」の2つが手続がありますが、どちらの手続で債務整理を行うかは、債務者の債務の状況、支払能力などによります。
一般に「破産手続」や「再生手続」で債務整理を行うと官報に債務者の名前が記載され、個人信用情報として登録されるいわゆる「ブラックリスト」に載るため、生活面で様々なデメリットが生じます。
しかしこのガイドラインでは、債権者との合意に基づき債務整理を行うことで、こうしたデメリットを回避しつつ、裁判所の特定調停を利用して債務免除を受けることが出来ます。
前々回の「被災住宅再建シミュレーション(地震保険なし)」、前回の「被災住宅再建シミュレーション(地震保険あり)」で災害で被災し住宅を再建する場合に地震保険のあるなしと融資についてシミュレーションしました。
しかし二重ローンは住宅を再建し元どおりの生活に早く戻るための重要な問題ですので、今回はこの二重ローン(二重債務)の問題を解消できる制度について解説します。
背景
「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」は2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東日本大震災をきっかに設けられました。
住宅ローンや住宅のリフォームローンを借りている個人や事業性ローンを借りている個人事業主が直面する二重債務問題に対処するために設けられた「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」をベースに策定され、2016年4月より適用が開始されました。
ちなみに「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」の適用は2021年3月31日をもって終了し、 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」で 引き続き東日本大震災の被災者を支援することになっています。
またこのガイドラインは自然災害を対象としていましたが、新型コロナウィルス感染症によって経済的に困窮する個人債務者を救済するため、2020年12月1日よりこのガイドラインに「新型コロナウイルス感染症に適用する場合の特則」が適用が開始されています。
メリット
このガイドラインで債務整理を行うことで以下のようなメリットがあります。
個人信用情報として登録されない
破産手続・再生手続とは異なり、本ガイドラインに基づく債務整理の場合には、個人信用情報として登録されません。そのため、その後の新たな借入れにも影響が及びません。
いわゆるブラックリストに載ることはありませんので、以下のような事柄を回避できます。
<ブラックリストに載ると出来なくなること> ・クレジットカードの利用 ・ETCカードの利用 ・携帯電話の分割購入 ・賃貸物件の契約 ・保証人になる <ブラックリスト登録期間> 個人信用情報の登録期間は事故の内容によって異なりますが、一般的に5~10年といわれて いますので、その期間を過ぎれば登録は抹消されクレジットカードの利用等が可能になります。
弁護士等の「登録支援専門家」が無料で手続を支援
ガイドラインに基づく債務整理を的確かつ円滑に実施するために、国の補助により弁護士などの「登録支援専門家が、債務者及び債権者のいずれにも利害関係をもたない中立かつ公正な立場でガイドラインに基づく手続を支援します。
必要書類の取得費用や特定調停における申立費用などが必要になりますが、総額で1~2万円前後の負担で済みます。
財産の一部を手元に残せる
債務者の被災状況や生活状況などの個別事情により異なりますが、預貯金などの財産の一部を「自由財産」として残すことができます。
破産手続の場合、手元には原則として最大99万円までしか財産を残せませんが、このガイドラインでは原則として最大500万円までの現金、預貯金、保険などの一定の財産を残すことができます。 またそれとは別に評価額により限度はあるものの自動車や被災者生活再建支援金や災害弔慰金・災害障害見舞金、家財の保険金なども残すことができます。
保証人には原則請求がいかない
一般に破産手続などでは保証人に請求がいきますが、このガイドラインでは原則として保証人に請求しないことになっています。
対象となる債務者と債権者
債務者
このガイドラインに基づく債務整理を申し出ることができるのは、2015年9月2日以降に「災害救助法」が適用された自然災害の影響によって、以下のすべての要件を備える個人または個人事業主である債務者です。
- 住居、勤務先等の生活基盤や事業所、事業設備、取引先等の事業基盤などが災害の影響を受けたことによって、住宅ローン、住宅のリフォームローンや事業性ローンその他の既往債務を弁済することができないこと又は近い将来において既往債務を弁済することができないことが確実と見込まれること。
- 弁済について誠実であり、その財産状況(負債の状況を含む。)を対象債権者に対して適正に開示していること。
- 災害が発生する以前に、対象債権者に対して負っている債務について、期限の利益喪失事由に該当する行為がなかったこと。ただし、当該対象債権者の同意がある場合はこの限りでない。
- 本ガイドラインに基づく債務整理を行った場合に、破産手続や民事再生手続と同等額以上の回収を得られる見込みがあるなど、対象債権者にとっても経済的な合理性が期待できること。
- 債務者が事業の再建・継続を図ろうとする事業者の場合は、その事業に事業価値があり、対象債権者の支援により再建の可能性があること。
- 反社会的勢力ではなく、そのおそれもないこと。
- 破産法(平成 16 年法律第 75 号)第 252 条第1項(第 10 号を除く。)に規定する免責不許可事由がないこと。
このガイドラインが適用されるためには該当する債務の支払いが不能であることが必要になりますが、「高額な収入のある方」や「債務額より大きな資産があるか方」は債務の返済が難しいとは評価されず、利用できない場合がありますので注意してください。
債権者
対象となる債権者は以下の金融機関等ですが、このガイドラインに基づく債務整理を行う上で必要なときは、その他の債権者も含まれます。
- 銀行
- 信用金庫
- 信用組合
- 労働金庫
- 農業協同組合
- 漁業協同組合
- 政府系金融機関
- 貸金業者
- リース会社
- クレジット会社
- 債権回収会社並びに信用保証協会、農業信用基金協会等及びその他の保証会社
登録支援専門家
このガイドラインに基づく債務整理を的確かつ円滑に実施するために、債務者や債権者のどちらとも利害関係を有しない中立かつ公正な立場で本ガイドラインに基づく手続を支援する者として、以下の専門家が登録されています。
- 日本弁護士連合会及び弁護士法(昭和 24 年法律第 205 号)第 31 条に規定する弁護士会
- 日本公認会計士協会及び各地域会
- 日本税理士会連合会及び各税理士会
- 公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会及び各不動産鑑定士協会
登録支援専門家による支援
- 債務整理の申出の支援
- 債務整理の申出に必要な書類の作成及び提出の支援
- 調停条項案の作成の支援
- 調停条項案の作成に係る利害関係者間の総合調整の支援
- 調停条項案の対象債権者への提出及び調停条項案の対象債権者への説明等の支援
- 特定調停の申立てに係る必要書類の作成及び特定調停の申立て後当該特定調停手続の終了までの手続実施の支援
手続きの流れ
このガイドラインによる債務整理を行う場合の手続きの流れは以下のとおりですが、手続きがすべて終了するまで最低でも6か月程度は要すると言われています。
手続着手の申出をする
まず最初に最も多額のローンを借りている金融機関に対して、自然災害債務整理ガイドラインに基づく手続に着手することを申し出てください。
申出の際、金融機関から借入先、借入残高、年収、資産(預金など)の状況などの必要事項を確認されますので、事前に可能な範囲で借入れの状況などを整理しておいてください。
金融機関から手続き着手について同意が得られれば次のステップに移れますが、もし正当な理由がなく手続着手の同意書面の交付がないあるいは遅滞している場合は、金融機関等が属する業界団体の苦情・相談受付窓口へ連絡して相談してくだい。各業界団体が当該金融機関等へ苦情・相談内容を取り次ぎ適切な対応を依頼することになっています。
登録支援専門家への手続支援を依頼
金融機関から手続着手について同意が得られれば、地元の弁護士会などを通じて、全国銀行協会に対し、「登録支援専門家」による手続支援を依頼できます。
「登録支援専門家」は、中立・公正な立場から債務整理の手続を支援する専門家で、弁護士のほか、公認会計士・税理士・不動産鑑定士が該当します。(弁護士以外は一部業務を実施できません。)
「登録支援専門家」は、債務者及び債権者のいずれにも利害関係を有しない者として推薦・委嘱された者と位置付けられるため、対象債務者が、自分で『登録支援専門家』の委嘱を受ける専門家を選ぶことはできません。
債務整理(開始)の申出
「登録支援専門家」の支援を受けて申出書や財産目録などの必要書類を作成し、債務整理の対象としようとする全ての金融機関等に債務整理の申出を行います。
債務整理の申出後は債務の返済や督促は一時停止となる一方で、資産や負債の額を維持する必要もあります。
「調停条項案」の作成
「登録支援専門家」の支援を受けながら、ローンの免除や減額といった債務整理の内容を盛り込んだ書類(「調停条項案」)を作成します。
「調停条項案」の提出・説明
登録支援専門家を経由して、ガイドラインに適合する「調停条項案」を対象にしようとする全ての金融機関等へ提出し、説明します。
金融機関では、1か月以内に、同意するか否かを回答します。
特定調停の申立
対象の全ての金融機関等から同意が得られた場合、簡易裁判所に特定調停を申し立てます。
この調停には、原則として債務者自身が参加する必要があります。
調停条項の確定
特定調停手続により調停条項が確定すれば、債務整理が成立します。
その他
このガイドラインの利用状況や注意事項についてご説明します。
本ガイドラインの利用状況
2021年12月末時点の本ガイドラインの利用状況は表1のとおりですが、自然災害案件で債務整理が成立したのは570件にとどまっています。
本ガイドラインの前の「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」で債務整理が成立したのは1,373件のため、東日本大震災以降では計1,943件となりますが、思いのほか少ないというのが実感です。
自己破産と異なりこのガイドラインによる債務整理には多くのメリットがありますので、多重債務で苦しむ多くの方に知っていただきたいものです。
<参考>最新の利用状況:東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関HP参照
自然災害案件 | コロナ案件 | 合計 | |
登録支援専門家に手続支援を委嘱した件数 | 1,199件 | 1,617件 | 2,816件 |
債務整理成立件数 | 570件 | 73件 | 643件 |
注意事項
このガイドラインの手続きが完了するまで、新たなローンの申し込みは出来ません。
住宅金融支援機構による被災住宅再建のための災害復興住宅融資を申し込む場合は、このガイドラインの手続き完了後に行ってください。
まとめ
- 「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」は自然災害で住宅を失うなどして二重ローン(二重債務)で苦しむ方を救済し生活再建を支援する制度
- 「個人信用情報として登録されない」「無料で専門家の支援を得られる」「財産の一部を手元に残せる」「保証人には原則請求がいかない」などのメリットがある。
- このガイドラインを利用して新たにローンを組むことも可能