避難を妨げる正常性バイアスとは

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自分は絶対にそんなことはないと思われるでしょうが、災害が迫り警報が出ても避難しないという厄介な人間の心理があります。これを正常性バイアス(正常化の偏見)といいます。

正常性バイアスとは

正常性バイアス(正常化の偏見)認知バイアスの一種で社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語です。

人間は育った環境や経験などから影響を受けて偏った価値観や物事の見方をするため、その認知の歪みを認知バイアスといいます。

代表的なものとしては自分にとって都合の良い情報ばかりを集める「確証バイアス」や、物事が成功したときは自分の功績、失敗したときは自分以外のせいだと思う「自己奉仕バイアス」などがありますが、正常性バイアスもこれらの一種です。

バイアスのイメージ図
<バイアス(bias)とは>
 「偏り」という意味すが、心理学において「人の思考における偏り」を指し、「思い込み」や「先入観」、「偏見」「差別」といったものも含まれます。

特徴

自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまいます。

正常性バイアスには以下のような特徴があります。

  1. 都合の悪い情報を無視する
  2. 自分は大丈夫、今回は大丈夫、まだ大丈夫などと過小評価する
<例>
一人暮らし高齢の男性は大雨で川が増水して避難警報が出されても「自分は大丈夫」「家まで水は来ない」と思い込み避難せず、家が浸水しはじめても「まだ大丈夫」と思い込んで避難しなかった。その後、助けに来た息子さんに強引に連れ出されて避難することができた。

メカニズム

私たちはいま危険の少ない安全な社会で生活しています。

危険を感じたくない

これはとても幸せなことですが、安全があたりまえなってしまった私たちは危険を感じすぎると日常生活に支障を来たしてしまいます。

そのため危険を感じると危険を感知する能力を低下させようとする機能が自動的に働いてしまいます。

また危険と同じように予想しない出来事や変化、あるいはまったく新しい出来事に対しても敏感に反応してしまうと心が疲弊してしまうため、それを防ぐため人間の心は鈍感にできていいます。

そのため危険や予期しない出来事や変化などを「大丈夫」「問題ない」「正常な範囲の出来事」と心が勝手に認知してしまうのです。

津波が押し寄せているのに逃げずに見ている人々、大雨で川が増水して堤防が決壊しそうなのに逃げずに見ている人々。

いずれも本当に危険な状態でも正常性バイアスが働いてしまい「危険と思えない」ために避難が遅れるという現象がおこってしまいます。

大雨で川が増水している様子

この災害時に避難しないことについてはいくつも調査や研究が行われています。

例えば「避難の指示や命令が発令されても避難する人の割合は半分を超えることはほとんどない」ということからも、この正常性バイアスの厄介さが判ると思います。

<参考:災害時の心理学を研究する広瀬弘忠氏(東京女子大学名誉教授)によると>
日本でも欧米でも、災害の被害を避けるために避難の指示や命令が発令されても、避難する人の割合は50%を超えることはほとんどないという調査結果がある。

正常性バイアスだけじゃない

避難を阻害するのは正常性バイアスだけでなく同調性バイアスというものもあります。

同調性バイアス

同調性バイアスとは集団の中にいると他人と同じ行動をとってしまう人間の心理で、みんなに合わせ行動し自分だけ違った行動を取らないようにすることです。

例えば「飲食店でみんなちゃんと並んでいるから自分も並ぼう」というようなことです。

日常生活であれば協調性につながる心理で、例え朝のラッシュアワーに混雑したホームで整然と整列して電車に乗るなど、日常的に目にする光景といえます。

同調性バイアスの例とされる整然と並んでいる様子

しかし災害時には正常性バイアスと同調性バイアスが困った状態をつくりだしてしまいます。

  1. 自分以外の人がいる場所で警報などで災害の危険を知らされる。
  2. しかし自分自身は正常性バイアスが働き危険を危険と感じられない。
  3. そして自分と同じように正常性バイアスに陥っている人が周りに沢山いることで同調性バイアスも働いてしまう。
  4. そのため誰も逃げようとせずその場の多くの人が逃げ遅れてしまう。

これはとても危険でしかも厄介なことです。

避難を阻害する正常性バイアスに加えて同調性バイアスというハードルが一つ増えてしまいます。

正常性バイアスに陥らないようにして、そのうえ同調性バイアスにも陥らないようにしなければ避難しないということは、間違いなく避難が遅れる状況になっていまいます。

ではどうすればよいのでしょうか。

伝え方の問題?

「災害に関する警報の伝え方をもっと工夫すれば避難してくれるのでは」と行政やメディアも頭を悩ませますが、ことはそう簡単なことではありません。

津波の警報が出ていてTVで津波が到達する映像を見ても、「自分は大丈夫」と思ってしまうのです。

それが災害放送でもスマホの警報でもTV放送でも受け手が「自分は大丈夫」と思ってしまえば、自ら避難することはありません。

噓のような話ですが、TVのアナウンサーが淡々と避難を促しても避難してくれないから必死に呼びかけるように変えると、今度は被災地以外の視聴者からはクレームが来たというような話もあります。

公共の放送において必要な人に適切に情報を伝えることは思いのほか難しいといえます。

強引に避難を促してくれる人が近くにいればまだしも、限られた時間の中で大勢の方に避難を促すことは容易ではないということを私たちは知るべきです。

対策

正常性バイアスは人間の心が持つ自然な防御反応ですので、自分自身でその事に気づくことはできませんし、正常性バイアスが働いているかどうかもわからないので簡単に防ぐことは出来ません。

また日常生活において常に正常化バイアスに堕ちいないことを意識することは難しいため、同調性バイアスも利用して防災においては以下の手段が有効と考えられています。

  • 避難訓練
  • 率先避難

避難訓練

正常性バイアスに陥るのを防ぐため、疑似的な緊急事態としての「避難訓練」を経験させることで、万が一の想定外の事態を想定内の事態とすることができると考えられています。

日常的に危険な現場を経験している消防士などは緊急事態が日常に入り込んでいるため、正常化バイアスに陥ることなく危険を察知すると素早く行動することが出来るといわれています。

そのような緊急事態を日常的に経験できない一般の人々は疑似体験としての避難訓練によって、想定外を想定内とすることができると考えられていますが、想定内とできるように定期的に訓練を行うことがとても大切です。

率先避難

正常性バイアスでは「自分の都合のいいように何事も解釈して適切な判断が出来ません」

これを前提にして、必ず「何かあったらとにかく避難する」「周りが避難していなくても率先して避難する」と行動を決めてしまうことで、迅速に避難することができると考えられています。

また集団の中で率先避難することにより、集団における同調性バイアスを利用することができます。

集団の中でだれか率先避難すると、同調性バイアスにより皆が同じ行動をとることにつながれば、大勢の方の避難を速やかに行うことも可能になります。

まとめ

ごく普通の生活をしていて正常性バイアスに陥らないことは容易なことではありません。

非日常を日常に、想定外を想定内にすることは簡単なことではなく、もしそれを実現するためには危険に対する緊張感を常に持つ続ける必要があり、とても一般の方にできることではありません。

また正常性バイアスについて正しい知識を持っている方も、時間が経てばご自身が正常性バイアスに陥ることを忘れてしまう可能性もあります。

正常性バイアスの対策は避難訓練率先避難ですが、避難訓練にしてもなぜ行うかをわからずに実施しても形骸化するだけで意味がありません。

率先避難についてもいざというときに周りを気にしてるようではダメですから、なぜ行うのかを理解して災害の時に迅速に避難できるようにしてください。

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